easylum >>強豪

強豪

19世紀に入り、ラグビー校やイートン校、ハロー校などパブリックスクールでは学校ごとに独自のルールでそれぞれのフットボールを行なっていた。それぞれ学校で違うルールの統一を目指した協議は長らく行われてきたが、1863年にロンドンで最終的なルール統一を目指した協議が開催された。しかしこの協議は物別れに終わった。これはのちのラグビーとサッカーが分岐した瞬間でもあった。

そして1871年、サッカーのFA(フットボール・アソシエーション、1863年設立)に対抗して、ロンドンでラグビー協会(RFU:ラグビー・フットボール・ユニオン)が設立された。

ラグビーは英国でも指折りの炭鉱地帯であるマンチェスターを中心とするイングランド北部のランカスター、ヨークシャー地方ならびにウェールズ南部で発展していった。

しかし1895年、選手の労働会社などへの休業補償問題(現在も兼業しながらプレーする選手が多数だが、当時は今と違ってラグビーにはプロ契約が存在しなかった)がきっかけで、北部でラグビー協会からの分裂が起き、22チームからなるプロリーグが発足した。それ以降、世界にはラグビーという名のスポーツが二つあり、ケンブリッジ大学対オックスフォード大学戦に代表される南部を母体とするアマチュア主義をうたった組織はラグビーユニオン、北部を母体とする報酬を目的とするものはラグビーリーグと呼ばれる。

分裂した頃はルールは全く同一のものであったが、現在ではユニオンは15人制でリーグは13人制、ルール上最も異なっている点は、FWの密集(ラック、モール)を排除したことである。日本でラグビーといえばユニオンのことである。

ラグビーユニオンは世界でも主に上流階級に広まり、英才教育にも用いられたため、しばしば紳士のスポーツと称される。それは「ノーサイドの精神」「アフターマッチファンクション」など、独自の文化によるものが挙げられる。

プロ容認のリーグへ転向するユニオンの選手の流失が相次ぎ、リーグに移った選手はユニオンでのプレーを禁止されるなど長らくユニオンとリーグは対立状態にあった。

しかしラグビーワールドカップなどをきっかけに120年以上アマチュア主義を守ってきたユニオンも1995年以降にプロを認めたこともあり、コーチ層での交流(リーグのディフェンスシステムをユニオンに取り入れるなど)などからしだいに緩和し、今は選手レベルのユニオンとリーグの行き来もよく見られる。現在、英国ではラグビーリーグとラグビーユニオンの両方のルールで前後半の試合を行うクロスコード・ゲームが行われることもある。(wikipedia参照)